『ハルビン・カフェ』 打海 文三 著評価 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆★(星9個)
角川文庫 860円
あらすじ
福井県の西端にある、海市(=蜃気楼の意味)という、いささかロマンチックな名前を与えられた新興の港湾都市。凶悪犯罪の多発により、警官の殉職率が東京をはるかに凌駕するレベルに達したとき、それが熱病を呼んだ。
市警察の下級警官の一部が地下組織をつくり、マフィアに報復テロルを宣言して、法の番人自らが法秩序を脅威にさらしたのである。―彼らは、『P』と呼ばれた。打海文三が真価を発揮した最高傑作渾身の書き下ろし1000枚。
紹介
文字通り、最高傑作といって良い作品です。もしかしたら「愚者と愚者」のシリーズがそうなったかもしれないが、もう出ない以上、これが完成された打海文三氏の名作である。
そして、打海氏を読もうかなと思っている人にまずは手にとってもらいたい作品です。600ページという厚さを体験したことがある人なら、是非読んでもらいたい。
細かく、章は別れ、その一つ一つが様々なキャラクターによってとても断片的に語られていく。
その多視点に少しとまどう人もいるかもしれないが、嫌でも冷たくて美しく堅い文体に読ませられるだろう。そして、後半になるにつれて、断片的な内容が集まり、形を見出してくる。そうなると読者は最後まで突っ走ること請け合いだ。
様々な視点で語る人物一人一人もしっかりとキャラクターが形成され、時には警察小説にあるような正義の裏にある人間的な醜さがあり、時には男性特有の頑固な惨めさや女性の醜さが表現されている。それをカメラから覗くように読者は物語を読んでいく。
正直、読者を選ぶ作品かもしれない。というか打海作品全部に言えることかも。
ジャンル的な面白さではないのだ。だからこれをハードボイルドというにはいささか広義的すぎると
思う。大沢在昌氏や新堂冬樹氏のようなハードボイルドとは明らかに違う。
だから文庫の大森望氏の解説はピンとこなかった。
なんなのかと言われれば「打海文三の面白さが味わえる小説」としか僕はいえない。
軽い作品ではない。アクションや感動的なものでもない。
でも、少しも揺るがない作品ではある。ぶれてないのだ。しっかりと一つになっている。
だからこの小説の面白さは一つだけだし、それが打海氏の小説全部に繋がる面白さなのだ。
正直、過去の作品はぶれているように感じるものが多かった。一体この人は何を書きたいのか?何を表現しているのか?と思うのもあった。しかし、思い返せば、ジャンル的なものではなく、ミステリーであれ、ハードボイルドであれ、SFであれ、そこには打海氏らしい面白さが曇ることなく一際目立っていた。
言い過ぎているという意見もあるかもしれない。しかし、僕が読んできた打海氏の小説に対して、感じたことなのである。合わない人はどれも合わないかも。しかし、合う人はどれも楽しめるだろう。
対象読者がどこなのかもわからない。ジャンルレスな面白さだが、特異なのでお奨めする文句がうまく思いつかない。でも打海氏を読んでみようと思う方にはこの作品をぶつけたい。
そして、その魅力を最大限に味わえる作品がこの『ハルビン・カフェ』だ!
『ぼくが愛したゴウスト』 打海 文三 著評価 ☆☆☆☆☆★★★★★(星5個)
あらすじ
それは初めて、少年が一人でコンサートへ行ったときからだった。
帰り道に駅で人身事故を目撃してから、世界はどこか自分と違っていた。この不思議な世界、少年は何処へ向かうのか……。
紹介
打海氏の作品の中でも少し変わった作風です。
ジャンルとしては、ファンタジーかSFといったところでしょうか。
しかし、打海氏の小説特有のジャンルとは別のところにある面白さがあります。
最後までストーリーを言っても特に問題のないように思えるぐらい読んでみないと面白さがわかりません。
今回は主人公の子どもの一人称で語られるのですが、小学五年生の一人称からかけ離れた語り口で物語が展開していきます。それはおいおい後でわかるのですが、この視点から見る周りの大人たちが魅力的に書かれています。
具体的に話すと、少年と事故現場で出会ったヤマケンという俳優の二人だけが彼らがいた世界とは少しだけ、しかし明確に違う世界に入ってしまいます。
これだけ言うとファンタジーみたいですが、面白さはそこじゃない。
要するに少年の家族やヤマケンの恋人などはいるんですが、もともと二人がいた世界の人物とは違うんです。そして、そこで問題が生じてくる。
少年にとって、その違う世界にいる一見そっくりな家族はどういう存在になるのか?
そして、家族にとっても、もう一方の世界から来たそっくりな自分の息子に対してどう思うのか?
これがこの作品のテーマとなり、重く語られます。一般的な小説だともと来た世界に戻ろうとするし、
もともとこの世界にいたもう一人の自分と入れ替わろうとするでしょう。
しかし、この小説では、違う展開をしていきます。
戻ろうとする努力はします。しかし、それ以上にそっくりな家族に対して主人公は愛を求めてしまう。
決定的に違うことはわかっていても、それでも頼ろうとするし、家族もその主人公に対し、とまどいながらも愛したいという思いがつのる。
そして、事態は少し変わる。もしかしたらこれは誰かの脳内の世界じゃないのか?夢なのか?
もしそうならこの世界の人たちがゴウストなんじゃないか?
夢であろうともさめない限りこの世界を生きていくことになる。夢の世界で愛を求める。
そこに愛はあるのか?ぼくが愛したゴウストとは?
常に死の匂いがするこの世界にある愛とは?
その葛藤を描くためにこの設定があるのでしょう。
不満を言えばもう少し深く掘り下げて感情を描いてほしかったのですが、主人公の性格故かとても
淡々とした印象を受けました。
北村薫氏の『ターン』『スキップ』『リセット』などの作風が好きな方にはお勧めしたい小説です。
『そこに薔薇があった』 打海 文三評価 ☆☆☆☆★★★★★★(星4個)
内容紹介
個人的に伏せます。知りたい方はamazon等へお願いします。
感想
この作品を読み始めたとき頭の中に?マークがずっと浮かんでいた。
あらすじを読んでいたら気付いていたけれど、まったく情報もなしで読んだ僕はとまどいました。
短編集の形をとっているのですが、読み始めるとしっとりとした大人の恋愛が描かれている。
前に読んだ『一九七二年のレイニー・ラウ』を彷彿とさせるようなラブストーリーである。しかし、なぜか必ず最後に悲劇を迎えるのである。
この作品をミステリーととるかラブストーリーととるかは自由である。
ほとんどの人は読後、ミステリーやサスペンスというかもしれない。しかし、個人的には
描かれる恋愛の描写がもったいないと思うので、あらすじは伏せました。
もちろん、すぐ気付くようなものですし、ミステリーとしてはあまりにお粗末すぎる。
サスペンスにしても、あまりに恋愛の部分が魅力的すぎる気がします。別にそういうサスペンスがあってもいいのだけれど、そうすると少し雰囲気がごちゃまぜにならないか?
しかし、帯やあらすじを読む以上、これはサスペンスというものなのだろう。
正直、僕は好みではなかった。唯一、良かったのは大人の恋愛を描く文体や設定などにひきつけられたという部分。
その部分をもっと効果的にしたのが、『一九七二年のレイニー・ラウ』だ。僕はそう思う。
紹介が至らなくてすみません。
ただの読書感想文ですよね…。他のはもうちょっとましだと思うのだけれど。
僕がこの本を読んで素直に感じた部分を書いてみました。
紹介というのは難しいね
『一九七二年のレイニー・ラウ』 打海 文三評価 ☆☆☆☆☆☆★★★★(星6個)
内容紹介
忘れかけた愛、消えそうな恋、成熟恋愛小説
出逢えたかもしれない、しかし現実には出逢えなかった「恋人」たちへ送る「大人の恋愛小説」。物語の主人公たちはいずれも人生の道理をわきまえてしまった成熟の世代。満たされぬ思い、退屈な日常を抱えながら、やむにやまれぬ愛の可能性に賭けていく。『ハルビン・カフェ』で大藪春彦賞を受賞した気鋭の小説家・打海文三氏、これまでミステリーのジャンルで認知されてきたが、実はその丹精な文章といい丁寧な人物造形といい、ミステリーの枠を飛び超えた妖しい魅力を放つ書き手のひとりである。
本書では書き下ろしも含め、「恋愛」をテーマにした作品を収録し、打海氏の新たな側面をクローズアップしている。
収録作品は標題作他全8編、行間に思いが湧き立つ珠玉の物語。
感想
はじめに言っておくと僕はほとんど恋愛小説を読んだことがない。だから、この本のテーマである恋愛がジャンルの中でありふれているのか、めずらしいのかわかりません。
他の作品と評価は出来ないのであしからず。もしかしたら、恋愛小説を好んで読む人には
ありきたりの内容かも。
恋愛をする人物はみんな酸いも甘いも知っている大人の男女。
現実でもたくさんいるであろう人たちが、もしかしたら発展していたかもしれない恋愛を描いた作品ですが、とても印象的な部分がありました。
それは動物的ともいえるどこか生々しい愛。
男女の会話はとても大人な言葉で書かれているが、その文字で表現しないところに
恋愛の匂いがします。それが短編を通じて感じた僕の印象です。
たぶん、恋愛も含め様々な経験をしてきた大人にとって好きだから愛し合うという風には
行かないのでしょう。一見、馬鹿みたいに見える体裁やプライドあるいは子どもなどの保守的な部分がそうさせるのでしょうか。
大人の男女が話しているシーンはとても愛の強さを感じました。
一見まともな会話をしているようで、その裏側で火花がバチッ!となっている。
こういう風に僕は感じました。
くだけて言うと、ぷんぷん匂うんですよ。ただ昔の愛や一時の恋だったのにもかかわらず
時を経て、なぜかその思いが熟成して表れるんです。
舞台として異国を背景にしているせいかもしれません。
もちろん、紹介にも言及されている著者の筆力によるところも大きいです。
今、30代以上の読者が読むとどうなるんだろうと考えました。
良かったら是非。

